March 2008
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第14回テーマ:友達
学生の頃の友達は、友達ではあるけれども単なるクラスメートだったりするし、社会人になってからの同じ会社の友人は単なる同僚だったりする。 そう考えると卒業してからも繋がってるクラスメートや、転職しても切れない同僚が友達だという気もするが、だとするとボクは友達が少ない。卒業や転職により人間関係が変わると、新しい環境での人間関係に注力する。するとそれまでの人間関係を継続するパワーが足りなくなり、どんどん前の関係が切れるわけだ。 どのレベルまで付き合ってれば友達なのか、どれくらの頻度で会ってれば友達なのか、歳の差がどれくらいまで開いていても友達なのか、異性の友達って成立するかなど、基準が不明瞭でなんとも言えないが、当たり前のこと友達がいた方がいい。 しかし多い方がいいとは思わない。...
February 2008
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第13回テーマ:死ぬまでにしたい10のこと
1:自分を含めた自分以外の全てが そのまま在り続ける世界であるために何かしたい。 2: 行った事のない場所3ヶ所に行きたい。 ・アフリカ ・月 ・インド 3:自分も関係者もユーザーも 「あれはすげー!!」 っていう仕事を1つ残したい。 4:金銭を含む 借りのある人に借りを返したい。 5:親よりも長生きする。 6:朝起きた時に 「今日はなにがあんのかな!?」 という感じで1日の始まりに胸をときめかせたい。 7:自分を見失う様な恋をしたい。 8:ポルシェ(カレラ)を所持する。 9:メジャー出版社から自著の出版。 10:メジャー映画会社から自作のシナリオ&監督映画。
January 2008
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第13回テーマ:死ぬまでにしたい10のこと
ポールマッカートニーに会いたい 島で暮らしてみたい 孫を見てみたい 宇宙から地球を眺めたい タイムマシンに乗りたい 5カ国語くらい習得したい 宇宙人が来るのを見たい すべての国に行きたい カミさんを幸せにしたい 空を飛んでみたい 次回テーマは、僕から。 「友達」。
第12回テーマ:心ってなんだ?
心は脳にある。 心は英語で「HEART」というように それを日本語で「心臓」ともいうように 昔の人々は、それが「心臓、或いは、胸」にあると考えていた。 いまもそう思う人は多いと思うし、「心」を示すジェスチャーでは 多くの人が、「胸」に手をあてるだろう。 「心」といって、頭に手を置く人は少ない。 「心は脳にある」といっても 「脳のどこにある」というものではない。 「心」というのは、「脳の機能」である。 「どこどこが、心ですよ」というものではない。 機能であるから、カタチはない。 カタチがないからこそ、その見えない働きを、総称として心と呼んでいる。 カタチがないからこそ、捉えられないし、不思議に感じるのだ。 なんとなく、僕のイメージしているのは、こういうことだ。 僕ら人間は、その昔、動物だった。 いや、いまも動物だけど、人間ではない動物だった。 その頃、持っていた脳がある。...
第12回テーマ:心ってなんだ?
2008年になりましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか? ボクはと言えば「心ってなんだ?」ということが心に引っ掛かったままの年明けとなり「心ここに在らず」なお正月でございましたが、今年もよろしくお願いします。 さて「心ってなんだ?」ですが、未だ結論に至らず…。 年末年始に呑む機会が多かったので、その都度「心ってなんだ?」ということを問い掛けてみたのですが 「心ってのはここにあるんだぜ」 と、心臓に手を当てる人が多数。 「心ってのはハートよ」 と、目を♡にする人が少数。 心に誓うとか、心配するとか、心意気とか、心尽くしという言葉がありますが、ボクが思うに心ってのは精神的な反応であり、エネルギーだと思うんです。 例えば好きな人が体調が悪いのに凄く忙しかったとする。すると「あの人、大丈夫かな?」と相手を思いやる。この思いやる気持ちが「心配」という精神的な反応だと思うんです。...
December 2007
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第11回テーマ:100年後を予想する
いま生きてる人が65億人だとしよう。 100年後の2107年12月9日に生きてる人は、いま1歳でも101歳。いま10歳なら110歳。ボクみたいにいま40歳だったら140歳ということになる。 いったい100年後に、いま生きてる65億人のうちの何人くらいが生き残っているのだろうか? 数百年前など、人生なんて30年、40年と言われていた。50歳、60歳なんて、生き仏というか、長老扱いだったろう。しかし医療や住環境の整備などで、どんどん寿命は延びている。今では100歳越えの長寿の人も珍しくはない。それを考えると、これからの100年で寿命がどんどん延びる可能性がある。だとしたらいま生きている65億人のうちの1億人くらいが、100年後まで生き続けるのか?...
第11回テーマ:100年後を予想する
100年後……。 10年後を考えるのも難しい世の中。 100年後はどうなっているのだろう。 100年前を振り返ってみると パナマ運河の建設が始まって、ライト兄弟が空を飛ぶころだ。 日露戦争が始まり、第一次世界大戦へと流れていく。 音楽でいうと、ドビュッシーやラヴェルが現役。 ピカソが成人して、ダリはまだ生まれたばかり。 現在とあまりにも違いすぎて、イメージが沸かない。 未来というのは、その逆を考えるわけだから、さらにイメージが沸かない。 100年後。 1つ言えることは、僕は生きていないだろうということ。 もうちょっと未来になったら、また違うだろうけど。 僕たちは、「寿命があった最期の世代」とか言われるのかもしれない。 100年後、自分は生きていないだろうが 僕がバトンタッチをした息子たちは、まだ生きているかもしれない。 少なくとも、人類が、この世にまだ存在することを祈りたい。...
第10回テーマ:自由について
27歳のときに勤めていた会社を辞めて、友人数人で事務所を設立した。どうしても作りたい企画があってあちこちへ持ち込んでいたら「これ、面白いから作りなさい。お金を出してあげるから」という人が現れたのである。当時アスキーにいたその人のお陰で企画を実現することができた。 「有限でいいから会社を設立しなさい。その方が手続きとかに便利だから」というその人のアドバイスで有限会社を設立した。 事務所の名前を何にするか、ロゴデザインをどうするか、事務所をどこに構えるか、どんな内装にするか、どんなスタッフを集めるか…。給料の分配から、就業時間から、就業規則すら自分たちで決めた。 会社勤めを辞めて独立してみると、怖いくらいに自由だった。...
November 2007
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第10回テーマ:自由について
「自由になりたいなあ」と、たまに思う。 「だけど、自由ってなんだっけ?」とも、たまに思う。 単に逃げ出したいとか、休みたいとか ちょっとした窮屈な思いがあるくらいで 「自由」「自由」と言っているだけではないだろうか。 なににおいても「自由」という状態なんて 社会で暮らしている限り、時間や、命というものに手を加えられない限り あることではないし、考えても仕方がない。 だから、どこへ行っても、なにをしても 「完全自由」というものはないわけで 自ら選択した、道や場所に存在する 「制約」というものを指さして 「自由になりたい」と呟いているだけである。 「自由」というものに、「不自由」にされてしまっている。 そりゃよくない。 よろしくない。 どこかの時代の、どこかの場所のように 生まれた時点で、職業が決まっていたり 自分の好き嫌いに関係なく、配偶者が決められたり...
第9回テーマ:ファッション
例えばネットをしているときに、どこかのサイトの会員登録をすることが多々ある。そういうときに、年齢・性別・住んでる地域以外に「興味があること」みたいな括りで映画・音楽・グルメ・車・結婚・旅行・美容・占い・ダイエット・ゲーム・読書などと一緒に「ファッション」という項目があることが多い。 ファッションとは特に髪形・服装の流行のことだそうだ。 乱暴な決めつけをすれば、女性のほとんどが結婚・グルメ・旅行・ダイエット・占い・美容・ファッションに興味があって、男のほとんどが映画・音楽・車・ゲーム・読書などに興味がある気がする。 気のせいかも知れないが、気のせいのまま乱暴に話しを進めると、男は男らしくありたいと思うし、女は女らしくありたいと思うのが世の常だ。しかし男は女々しく、女は猛々しいのが世界の真理って気もする。世界は常に真逆であり、ないものネダリなんである。 ...
第9回テーマ:ファッション
「流行」という、本来の意味でいえば 自分で着るもの、身につけるものとしては、 ファッションには、まったく縁がない。 かなりの間、ずっと同じスタイルだからだ。 ジャケットとパンツ、上下ともに黒。以上。 拘りがあるとすれば、なるべく真っ黒で、ということ。 普通、スーツは、黒と呼ばれるものは、真っ黒ではない。 紺色に近い黒が多い。少し青っぽいというか。 礼服とかではない限り、真っ黒のスーツはあまりないから いい感じの黒があったら、基本的に購入するようにしている。 ブランドに関しては、まったく拘りがない。 いい感じであれば、それでOK。 好きなブランドは、Hugo Bossと、GIOGIO ARMANI。 シルエットと着心地。あと強いんだよね。 GIOGIO ARMANIのコートなんて、もう15年くらい着ている。 スーツでは、CALVIN KLEINのウールスーツが...
第8回テーマ:時間
時間だけは、どうにもならない。 いや、個人的には、ほかにも どうにもならないものばかりだけど どんな人でも、時間だけは、どうにもならない。 といっても、時間は相対的なものであり、絶対的なものではないから 近い将来か、遠い将来、ある程度、どうにかなるのかもしれないが それでも、できることは僅かなことだろうし、少なくとも現在においては かなり、どうにもならないものであることは、間違いない。 例えば、1時間でも、10分でも、時間があったとして それは、移動中であるとか、待ち時間であるとか そういう、持て余しちゃった的な時間を、どう過ごすかということに その人、その人の個性というか、価値観がでると思う。 僕が心がけているのは、「時間を潰してはならない」、ということだ。 勝手にどんどんと、時間が過ぎ去っていく以上 寿命やら事故やら病気やらで、誰もが、いつかは死んでしまう以上...
第8回テーマ:時間
時間とは相対的なものであると、アインシュタインが言った。時間が相対的と言われても「はて?」 という感じだが、 彼の 「眠くてしかたない難しい数学の1時間の授業は長く感じる。恋人と楽しくお茶を飲みながら語り合う1時間は短く感じる。時間が相対的とは、そういうことです」 という説明がイカしていた。 「もう年末だ!!」 ということを皆さん言いますが、新たな経験や発見や出会いに満ちた高密度の10代や20代の1年と、微妙な変化はあるとはいえ、基本的には家と会社の往復をして、家族と仕事関係の人+長い付き合いになる友人たちに囲まれた40代の密度カスカスの1年では、エネルギー量と質量に差がある。 老いれば老いるほど、時の過ぎゆくスピードが加速する。それは怖いことでもあり、楽しいことでもあるのだが、この1年のボクの時間は20代の頃に匹敵するくらいの密度があった。...
第7回テーマ:男と女
我が家には、子どもが2人いる。 下の子は、まだ赤ちゃんだ。 2人の子ども。 僕は、出産には、立ち会おうと決めているので カミさんの出産に、2度立ち会ったことになる。 2度目は、長男も立ち会った。 2度、立ち会いをしたから 僕は、2度、同じ衝撃を受けた。 特に1度目は 予期していたなかったこともあって、衝撃が大きかった。 しかし、1度目でわかっていたはずなのに、2度目も衝撃を受けた。 なにが衝撃だったのか? それは、カミさんと、赤ちゃんが 「繋がっていた」ということだった。 分娩台の上で カミさんと、赤ちゃんが繋がっている。 その横で、僕は、ただ、それをじっと見ている。 あちらには、リアルな繋がりがあるが 僕には、それがない、というように思えた。 DNA? 僕は、ただ、参考資料のように DNAを、カミさんに預けていただけなのであった。 産んだのは、カミさんだ。...
第7回テーマ:男と女
同じ人間でありながら、どうしてこうも男と女がすれ違うのか不思議でならない。好きで一緒に暮らしてる女性でさえも、クーラーの適温から、好きな俳優から、好きな食べ物まで、何から何まで嗜好と思考と志向と指向が違って試行錯誤が続く。 例えば歯を磨いてるときに水を出しっ放しにするのはエネルギーの無駄だ。しかし水が流れる音を聞きながらでないと歯を磨いている爽快感に欠ける。だからボクは水を出しっ放しで歯を磨いて生きてきたが、彼女はどうやらそれが気に入らないらしい。 しかしである。それを言うなら、まるで同じに見えるブーツやパンプスを幾つも買い揃えるのは無駄じゃないのか? ちょっとだけ細い太いの差があるだけのジーンズは?? 朝シャンは? ??...
第6回テーマ:ビデオゲーム
ビデオゲームの登場は衝撃的だった。 まだ、小学生の頃。 最初は、不思議なモノという印象でしかなかった。 ソフトウェアという概念がなく あのスタンドかテーブルという、ハコの印象が強かった。 プレイしてみると、もう大ハマり。 スペース・インベーダーから、もう中毒。 やがてすぐに、ゲームセンターへの出入りが禁止となってしまう。 当時は、暗くて、コワくて、魅力的な場所だったからね。 いまでは考えられないけれど。 だけど僕は、プレイがしたいために、中毒から抜けきれず 隣町のボーリング場や、ヤクザ経営のパチンコ屋の2Fまで行って プレイを続けた。 当時、安野くんという、仲のよい友達がいて 2人ともゲームがしたいが、お小遣いに限界があるということで 考えた方法が、前述のヤクザのパチンコ屋の2F作戦。 そこに行くと、独りの女性がわりといる。 20代のお姉さんたち。...
第6回テーマ:ビデオゲーム
大好きだけど大嫌い。つまらなければ腹が立つし、面白くても(負けた気がして)腹が立つ。 遊び狂っていたのは スペース・インベーダー ギャラクシアン ゼビウス ドラゴンクエスト3 スーパーマリオブラザース ゼルダの伝説 など。 それ以降のタイトルは 「こんなに豪華なの羨ましいなー」 「このシェーディングってどうやってるんだろ?」 「こんなにメモリに入るのかな?」 「どうしてこんなにキャラ表示してるのに処理落ちしないんだ?」 とか、作り手側の視点が邪魔して純粋に楽しめてない。 いつか必ず 「全てはこれを作るための布石だったんだ」 と思える代表作を作りたい。 次回テーマは、ボクから。 「男と女」。
第5回テーマ:日本
若かった頃は、「日本なんて」とか よく言っていたし、実際、そう思っていた。 でも、それは、子どもと、親の関係に似ていて ちょっとした自立心というか、反抗というか。 いずれにせよ、否定によるアイデンティティの確立の類で あまり気持ちよくも、生産的でも、健康的でもなかったと思う。 前に新聞のコラムで書いたことがあったが 大切なのは、「自分も日本の一部である」という意識。 そういうものの見方だと思う。 そうでなければ、放棄なんだよね。 放棄しちゃったくせに、後で文句言うのはよろしくない。 「日本は」とか「日本人は」と言ってる時点で、ちょっとずれてるわけだ。 その人が日本人である限り。 その人も、日本の一部であり、日本人の一部であるわけだから。 河島さんという人がいたとして 河島さんには奥さんも、子どももいたとして 「河島家はさぁ」と、客観的な態度を取るのはちょっとおかしい。...
第5回テーマ:日本
日本と言っても100年前の日本と今の日本は違う。100年後の日本も今とは違っているはずだ。 ボクが40年生きてきた短い間でも変わった。「水と安全はただ」と言われていたこの国で、水にお金を払う様になったし、安全にもお金を払う様になった。情報化社会になったので情報量が増大してるだけかも知れないが、凶悪な事件も増えている様に感じる。 田舎ではまだあるのかも知れないけれど、東京ではバスの中で授乳してるお母さんを見なくなった。そして女性専用の電車が走る様になった。 犬の放し飼いもなくなった。野良犬もいなくなった。 ストリーキングを見なくなった代わりに、露出系の変態が増えた。 気温は上昇し、ヒートアイランド現象を伴って都心の夏は狂気の沙汰だ。数十年もすれば冬がなくなり、日本の四季は三季になるという説もある。...
October 2007
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第4回テーマ:死んだらどうなるの
子どもの頃は、死んだら生まれ変わると思っていた。 十代の後半くらいからは、死んだら無になると信じていた。 二十代の後半くらいから、ちょっとわからなくなっている。 宇宙とか物理とか脳とか、いろいろ勉強していくうちに 少しずつ、自分の答えが出てきたところで 親父が亡くなった。 ますます、わからなくなってくる。 親父が亡くなる。 葬式をする。 墓を買う。 墓を買うために、檀家に入る。 檀家に入るということは、宗教に属する。 仏壇も買った。 毎日、カミさんが、水を替え、お茶を入れ、ご飯をよそう。 僕も、線香に火をつけ、手を合わせる。 家族で、月に1度くらい、お墓参りに出かける。 墓石を洗い、花を替え、手を合わせる。 答えを出し切っていないうちに しっかりした答えが用意された、集団に属している。 申し訳ない気持ちを、住職に伝えたこともあった。 矛盾している。 矛盾というか、バラついている。...
第4回テーマ:死んだらどうなるの
始まりの終わりの始まり。 西から昇ったお日さまが東に沈む。 反対の賛成の反対。 死んだらどうなるのかと言えば、単に次が始まるだけ。 始まりがあれば終わりがある。終わりがあれば始まりがる。 それを現世とか来世と捉える人もいるが、そんな都合よく人間に転生するとも思えない。石や植物や昆虫に転生するのかも知れないし、宇宙の涯の星間物質かも知れない。 そのときにボクがボクだという自我などない。ただぼんやりと生きていた記憶が残るだろうが、あらゆる時間と空間が溶けあった世界で、すべてと融合しているはずだ。その状況では肉体なんか脱ぎ捨てて、精神体となって漂っている気がする。 しかし今だってボクは環境(=自分以外の全て)と繋がっているし、影響しあっているし、溶け合って、混ざり合っている。 そう考えると死んでも大差ない気もする。...
第3回テーマ:テクノロジー
MacにiPod touchにEXilim携帯にカーナビ。薄型テレビは持ってないけど、ワイドテレビならある。ドラム式洗濯乾燥機にオーブンレンジ…。 見えないところでも、例えば家具の塗装が新しく開発された方式だったり、素材を加工するために新しいテクノロジーが導入されていたり、服の縫製方法とか、染め方とか、新素材など。シリコンとかナノテクとか、化粧品や美容方面にも及んでいるし、真空なんなんちゃらパックみたいな感じでカップラーメンや食べ物にもテクノロジーが応用されている。ボクらの生活はテクノロジーにまみれている。いってみればテクノロジー漬け。 基本的にテクノロジー大好き! カッコいいし便利だもの。 「ハイテク」って聞けば「Dカップ」って聞いたときと同じくらい胸が躍る。...
第3回テーマ:テクノロジー
子どものころ テクノロジーの進化が、僕の未来だと思った。 どんどん世の中が変わっていく。 どんどんすごいことが起きていく。 もう、どうなるのだろうと思った。 生きていくこと、というのは、それだと感じた。 まだ、結婚とか、家族とか 仕事にしたって、自分の未来像は、イメージすらなかった頃。 僕にとっての未来は、テクノロジーの進化だった。 それは、決して、未来にぽつんと置いてある石のようではなく そう感じていた、その頃も、周囲でいろいろと起こっていた。 未来は今日より、遙かに素晴らしいと 無邪気に、想像していた。 しかし、だんだんと、いろいろ理解していく。 そう簡単なものでもなかった。 僕自身の成長もあるだろうし、科学の進歩もある。 社会としての、成長もあるだろう。 テクノロジーの進化と、環境。 テクノロジーの進化と、倫理。 テクノロジーの進化と、本日のAランチ。 ...
第2回テーマ:気が遠くなること
郊外型のショッピングセンターに行くと、あまりの商品の物量に気が遠くなる。その1つ1つを作るために資源が消費され、その1つ1つを作るためにエネルギーが消費され、そしてその1つ1つを作るために沢山の人間が関わり、そこで怒ったり、喜んだり、悩んだり、待ちくたびれたりを繰り返しているわけだ。 世界最大と言われていたE3(エレクトロニクス・エンターテイメント・エキスポ)に行っても気が遠くなる。物凄い数のゲームが出展されていて、それを作った人、それを売る人、それを楽しみにしている人、それを取材する人などが溢れ返る。その中の断片にしか過ぎない自分の作品や、自分自身の小ささが悔しくもあり、愛しくもある。 樹齢何百年とかの大きな樹を見ると、過ぎ去った時間に気が遠くなる。たかだか40年生きたくらいで分かった様な気分になってる自分の愚かさが笑える。...
第2回テーマ:気が遠くなること
気が遠くなること。 それは、宇宙のスケールである。 学問として宇宙は、脳と並んで大好きなので 本をいっぱい読んでいるが、意味はわかっても そのスケールが、すぐに掴めなくなる。 考えると、気が遠くなってしまう。 例えば、宇宙の大きさ。 僕らが観測できる範囲を、宇宙として考えるのか 曲がった時空も含めて、膨張した予測で考えるのかで ずいぶん異なるが、直径で考えて 前者としても、137億光年。 後者として、900億光年以上。 137億光年というのも、900億光年というのも どちらも、あまりにもピンとこない数字なので ぐんと下げて、その単位となっている、1光年を考える。 1光年というのは、その名の通り1年間で光が進む距離だが 僕らが理解できるメートルという単位で考えると その、9,460,730,472,580,800倍。 9,460,730,472,580,800メートルということになる。...
第1回テーマ:LOVE
1967年6月25日。 The Beatlesが、世界で初めての試みとなる 衛星生中継番組に出演した。 世界中に置かれた無数のテレビのスピーカーを通して 世界中に響く、そのメッセージは「LOVE」。 The Beatlesは、番組のために書き上げた新曲 「All You Need Is Love」を、世界に向けて演奏した。 世界が、テクノロジーによって繋がったとき。 最初のメッセージは、「LOVE」となった。 なんて上手な、「手段」の使い方だろうか。 LOVE。 かけがえのない存在であると 認識した対象に思い抱く、心の動き。 自分にとって、奇跡とも思えるもの。 わきあがる慈しみ。 特定の人を愛すること。 あなたを愛している。 自分を愛する。 ペットを愛したり、曲を愛したり。 自分の住む街を愛したり、地球を愛したり。 人それぞれ、LOVEの対象は異なるが あまりに複雑であると思える...
第1回テーマ:LOVE
LOVEってなんだかピンク色ってイメージがある。形で言えばハート型。味はピーチ方面。どんな音がするかって言えば、ドキドキとかバクバクといった鼓動っぽい音かも。触れると柔らかく、ほんわかと暖かい気がする。これはきっと男と女のLOVE。だから当然ちょいエロい。他に白とか、黒とか、丸とか三角のLOVEもある。犬が可愛いとか自然が好きといった、異性や人間以外を対象としたLOVEだ。 しかしLOVEは、実は見ることも聴くことも、味わうことも、触れることもできない。LOVEをバッグに入れて持ち歩いてる人に会ったことがないし、LOVEの貸し借りしたこともなければ、電車の網棚に置き忘れたLOVEを見たこともない。そのくせLOVEは日常的に語られ、音楽や映画や小説やゲームの中に潜み込む。右を向いても左を向いてもLOVE。昨日も今日も明日も明後日も、晴れの日にも雨の日にもLOVEなんである。...